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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)9841号 判決

原告 甲野春夫こと 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 本田卓禾

被告 高玉光男

右訴訟代理人弁護士 熊野勝之

主文

一  原告と被告間の大阪地方裁判所平成二年(手ワ)第二九五号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成二年一一月二七日に言渡した手形判決を取り消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金九〇〇万円及びこれに対する平成二年五月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、約束手形一通の所持人である原告が、裏書人である被告に対し、手形金及び満期の日からの法定利息の支払を求めたもので、原告の請求を全部認容した手形判決に対する異議申立事件であり、被告は、喝取(強迫による裏書の取消)又は詐取(詐欺による裏書の取消)の抗弁を主張して争った事案である。

一  争いのない事実

(但し、摘示事実末尾に証拠を掲示したものは、同証拠により認定した事実であり、その余は当事者間に争いがない事実である。)

1  原告は、次のとおりの記載のある約束手形一通(以下、「本件手形」という。)を所持している。

金額 金九〇〇万円

満期 平成二年五月二五日

支払地 札幌市

支払場所 札幌信用金庫 幌北支店

振出地 札幌市

振出日 平成二年二月二八日

振出人 株式会社高成企画コンサルタント

受取人 高玉光男(被告)

裏書関係 高玉光男(被告)から三上凋への裏書、三上凋から甲野春夫(原告)への裏書

2  被告は、拒絶証書作成を免除して本件手形に裏書をした。

3  原告は、本件手形を満期の日に支払場所で支払のため呈示したが、支払がなかった。

4  被告は、丙川松夫(以下「丙川」という。)に対し、書面で本件手形の被告の裏書が強迫又は詐欺に基づくものであるとして、これを取り消す旨の意思表示をし、同書面は平成三年一二月二六日に同人に到達した。

二  争点

1  本件手形の被告の裏書は、丙川ら数名の者の強迫又は詐欺に基づいてなされたものであるか否か。

2  原告は、右喝取(強迫による裏書)又は右詐取(詐取による裏書)の事実を知りながら本件手形を害意取得したものであるか否か。

第三当裁判所の判断

一  強迫又は詐欺による裏書について

1  《証拠省略》によれば、被告が本件手形に裏書をした経緯について、次の各事実が認められる。

(一) 被告は、北海道標津郡中標津町で主として林業を営む高玉林業株式会社の代表者であったが、昭和六三年一〇月頃、北海道へ石油精製プラントの建設用地を物色に来ていた訴外昆野勇吉(以下「昆野」という。)と知り合い、懇請されて被告所有の土地約四八〇坪を工場敷地として賃貸するとともに、昆野が訴外株式会社ユニ北海道(以下「ユニ北海道」という)を設立して代表者になる際、開発について諸手続(官公庁の許可等)をする上で地元の信頼の厚い被告が関与していたほうが有利であることからユニ北海道の役員になることを懇請され、同社の役員になった。

(二) ユニ北海道は、石油精製プラントの建設、機械設備の設置工事を代金一億四〇〇〇万円で有限会社新企商事(以下「新企商事」という。)に請負わせ、その後、一部支払がなされて右代金の残金として約金一億二〇〇〇万円の債務があった。

また、被告も右石油精製プラントの基礎工事を代金三二〇〇万円で請負い、平成元年一月から五月にかけて工事を完成し、同年一〇月、ユニ北海道から「株式会社高成企画コンサルタント(以下「高成企画」という)振出、満期が同年一二月二〇日、額面金八〇〇万円」の手形(及び額面金額八〇〇万円のもう二通の手形)を右請負代金の一部として受取った。ところが、満期が同年一二月二〇日の右手形一通の決済をすることができないので、額面を九〇〇万円とし満期を平成二年五月二五日とする手形に書替えることになり、被告は高成企画から本件手形を受取った。

なお、後に、昆野は右のような石油精製プラントの計画を苫小牧市の伊藤商事という会社でも進めており、同じ機械を八分どおり完成させて伊藤商事の土地等の担保提供を受け、手形を振り出させて昆野が行方不明になり、同時に高成企画でも同じ機械を設置する計画を進め何千万円の手形を契約金として受け取り、行方不明になったものであることが判明した。

(三) ところが、ユニ北海道の昆野は、平成元年一一月末頃に行方不明になり、同年一二月二〇日頃、釧路の丁原建設(戊田生コン)という会社の事務所に、丙川、甲田竹夫(自称、山口組系乙田組組長)、丙田梅夫(新企商事の代理人)、丁田夏夫(ユニ北海道の手形を割引した甲原冬夫の代理人)らが集まり、ユニ北海道の債務の処理について話し合うことになり、被告が呼び出された。同人らは、被告の役員の責任は免れることができないから、被告に同社の債務を決済するよう迫った。被告は、設置した機械は完成しておらず仮設のままであり、機械の調子も悪く最初から売物にならない油ができる状態であったことから、最初はそのような機械設置の請負代金を支払うことはできない旨繰り返し主張したが、甲田らが「自分は乙田組の組長で、北海道にも二〇〇人の子分はいる。お前が言うことを聞かないと、二〇〇人位の若い者が木刀を持って会社でも役所でも銀行でも乗り込むぞ。」、「我々は警察や裁判所とかは無関係なんだぞ。」、「機械がどうのこうのではない、とにかくユニ北海道が振り出した手形を決済しろ。それで会社は安泰なんだぞ。」、「大勢で来ているんだから手ぶらで帰るわけにもいかん。」などと脅したため、林業などで役所関係の仕事が多かった被告は、被告の会社のみならず役所や銀行に暴力団組員が乗り込んだら全く信用を失い会社の経営もできなくなると畏怖し、同人らの言うことを黙って聞いていた。そして、丁田が事務所の隣の部屋に被告を連れだし、「ユニ北海道をつぶすことはできないので何とか言うことを聞きなさい。我々が協力して会社を守ってやるつもりで皆が来ているんだから、それを理解しないから皆がああやって怒るんだぞ。未決済の約一億二〇〇〇万円については現金又は手形で渡せ。とにかく明日までに金二〇〇〇万円を用意しろ。」と言われ解放された。

(四) 翌二一日、丙川らは、被告を釧路市内の釧路グランドホテルの一室に呼び出し、同所で前日と同様の話が持ち出され、同人らが浴衣姿で刺青を胸元から見せていたのに畏怖した被告は、持参した現金と手形・小切手等でユニ北海道の債務の決済をすることになり、新企商事(代表者、乙原五郎)の関係で合計金一億円の手形を振出交付し、現金五〇〇万円を甲田に渡した。丙川には、ユニ北海道の手形を割引に出した件で額面金額五〇〇万円の手形三通(合計一五〇〇万円)を振出交付した。しかし、右手形等を渡すと、同人らは、会社を守るための資金にするもので工事代金ではないと言い出した。

(五) その後、平成二年二月頃、丙川が一人でやって来て、被告に対し、「お前は、とんでもないのに引っ掛かったぞ。彼らは信用できないから、お前を助けるには俺しかいないんだ。とにかく俺に任せろ。でないと、会社がどうなるかわからんぞ。」と申し向け、被告は丙川にすがらなければならないと考えるに至った。そして、丙川に交付済みの手形三通の書替をしてやるから、同じ額面金額の手形三通を振出交付するように言われ、被告はこれを信じて同月一二日に額面金額五〇〇万円の手形三通を振出交付した。その際、丙川は旧手形(三通)は返還する旨約束したが、その後、返還されなかった。また、そのほかに、被告は、丙川に対し、同月五日と同月二一日の二回にわたり額面金額二五〇万円の小切手二通(合計五〇〇万円)を運動資金として貸し渡した。

また、被告は、平成二年二月二一日頃、丙川に対し、毎月三〇〇ないし三五〇万円の決済が重なっており苦しい、高成企画振出の本件手形も決済されるかどうかわからない旨述べたところ、「俺が取り立ててやる。」と言い、これを信じた被告は本件手形に裏書をして丙川に交付した。その際、被告が割引には回さないよう何回も念を押すように述べたところ、丙川は「俺がそんな男だと思うのか。」と怒鳴った。なお、本件手形を丙川に交付した二、三日後、被告が本件手形の振出人である高成企画に電話をかけて決済する意思があるかどうかを確かめたところ、同社の代表者である佐々木澄和は、契約不履行であるから決済しない旨述べた。

(六) その後、被告のところに丙川及び原告から電話がかかり、金員の用意ができるから、平成二年三月二日に銀行の口座番号を教え念書を送るように言ってきたため、丙川の指示するとおり、本件手形が高成企画から貰った手形であること及び被告が責任を負う旨記載された念書をファクシミリで送付した。

2  以上のとおりの事実が認められ、これによると平成元年一二月二〇日の手形等の振出は、甲田や丙川らからの強迫に基づいて振り出されたものと認めるのが相当であるが、本件手形の裏書交付の時点では、暴力団組員である丙川に対する畏怖が少しは続いていた面がなかったとはいえないものの、畏怖に基づいて裏書交付したとまではいえず、むしろ、丙川を信頼した被告が取り立てをしてやる旨欺罔されて、裏書をし交付したものと認めるのが相当である。

なお、証人丙川の証言中には、被告の額面四〇〇〇万円の手形が伊藤商事という会社に回っていたため、これを回収することを依頼され引き受けたこと等の謝礼として本件手形を受け取った旨の供述があるが、同証人は、それによって被告には何も利益を受けていない(四三項)とも供述しており、そのようなことに対して金九〇〇万円という高額の報酬を与えるとは考え難く、その他、同証人の供述は不自然・不合理な部分が多く、到底信用することはできないというべきである。また、被告がファクシミリで送付した念書については、右1の(六)記載のとおりの経過で送付されたものであり、丙川が本件手形の回収をしてくれるものと信じていた被告が丙川の指示どおり書いて送付したもので、詐欺による裏書交付の事実と矛盾するものではないというべきである。さらに、本訴提起前の内容証明郵便による交渉をした際、被告が詐取又は喝取の事実の主張をしなかったことをもってしても、右認定を左右するものではない。

二  原告の害意取得について

1  原告は害意取得(悪意)の事実を争い、原告本人尋問中には、平成二年二月二八日頃、丙川から頼まれて本件手形の割引をしたが、割引料として月三分の金員を控除した残額を交付した旨、丙川からは交渉の謝礼金として被告から受け取ったと聞いた旨及び割引をする際、被告に電話をかけ、本件手形に責任をもつという被告の念書をファクシミリで送付を受けたので割引をしたのであって、本件手形に被告が裏書をした経緯等については全くの善意である旨の供述部分がある。

2  しかしながら、《証拠省略》によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 原告は、不動産仲介業を営む会社の役員で宅地建物取引主任として勤務しており、金融業はしていないものの知人に頼まれれば手形の割引をすることもあったこと、一方、丙川は、昭和三七年頃から暴力団丙原組組員になり昭和六一年破門処分になった(但し、平成二年八月の時点では、暴力団山口組系戊原組の幹部であった)が、刑事事件における原告の供述によれば、原告の会社に勤務しており、不動産の情報の収集のほか所有者と会って図面を貰って来たり現場に行ったり不動産の価格の交渉などもしていたこと、原告は、丙川を昭和六一年頃から知っており、丙川が平成二年一〇月頃に偽造有価証券行使罪で起訴され、同事件で保釈になった後、価格の交渉等が上手なので今後も引き続き原告の会社で雇用する旨述べていることなど、原告と丙川とは付き合いも深く相当親しい関係にあった。

(二) 原告は、丙川に対する前記偽造有罪判決行使被告事件について、平成三年二月二五日に宣誓をした情状証人として右(一)記載のような内容を供述し、丙川が犯した犯罪事実を知っても、なお雇用していく旨述べているのに、本件で同年七月二九日に実施した原告本人尋問では「丙川が暴力団幹部であることは新聞で初めて知った。不動産ブローカーのような仕事をしていて三年くらい前からの付き合いである。」、「丙川はこの裁判で一回会っただけで私達には関係ない。」などと、全く異なる供述をしている。丙川も、原告とは七年くらい前からの付き合いである旨供述している。

(三) 原告は、本件手形の割引をする際に丙川の裏書をさせておらず、その理由について原告は「急いでおったので(裏書を)もらえなかった。」と述べているが、本件手形の割引は依頼されてすぐに実行したのではなく、依頼後二、三日してから割引金を交付したものであった。

(四) 原告は、最初は本件手形の第二裏書人で不動産業及び金融業を営む訴外三上凋に本件手形の割引をしてくれるよう依頼したが、金三〇〇万円くらいしかできないと言うので、原告が割り引くことになり、原告が丙川に渡す割引金の一部に充てるため三上から現金三〇〇万円を出してもらった旨供述するが、当初手形訴訟の段階では裏書をした三上も共同被告として本訴を提起して同人に対する手形判決を取得している。(当裁判所に顕著な事実)

(五) 原告は、本件手形金から月三分の割引料を控除した残額(満期まで約三か月であるから約八一〇万円)を丙川に渡した旨述べるが、丙川は原告に対する五〇〇ないし六〇〇万円の債務があったので、これと割引料を控除した残額二〇〇万円程度を受け取った旨述べている。

(三) 右のとおり認められ、原告本人の供述は、刑事事件における証言と全く異なっていたり、証人丙川と基本的な部分で食い違いがあり、また、不自然・不合理な部分が多く直ちに信用することができないというのみならず、右認定のとおり、①原告は丙川の雇主のような立場にあり、偽造有価証券行使という犯罪を犯しても、価格交渉の上手さを評価し信頼して、引き続いて雇用していくというほど付き合いも深く相当親しい関係にあること、②原告は、平成三年二月の刑事事件においてした証言と、時期もさほど変わらない同年七月の本件での原告本人尋問での供述が全く異なり、本件での原告本人尋問においては、ことさらに丙川との関係が深いものではなかったかのような印象を与えるような虚偽の供述をしていること、③原告は、本件手形の割引に際して、被告から直接交付を受けた丙川に裏書をさせておらず(裏書をさせる時間がないほど急いでいたような事情は窺われない。)、裏書人として本件手形金債務を負担する関係にはない筈の三上に裏書をしてもらい、三上には手形金請求をして手形判決を取得しており(その理由について、原告は訴訟代理人弁護士に詳しいことを説明しなかったためと述べるが、弁護士が誰を被告にするのかについて原告の了解を得ないというのは考え難い。)、三上については善意の第三者を介在させるために裏書をさせたのではないかとも考えられること等の諸事情からすると、原告が本件手形を取得する際、被告が裏書をした前記認定のとおりの経緯、したがって、その経緯から被告が本件手形金の支払を拒絶するであろうことを知りながら本件手形を害意取得したものと推定するのが相当である。

三  したがって、被告が主張する被詐取の抗弁は理由があり、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

(なお、被告が念書をファクシミリで送付したことにより、本件手形を割引に出すことを了解したと解し得るとしても、原告は、丙川が正当な手段により本件手形を取得したものでないこと及び従前の丙川の行動等からして割引金を被告に渡さないであろうことを知りながら本件手形を取得したことを推定することができるというべきである。)

第四結論

以上の事実によれば、原告の請求を認容し仮執行宣言を付した主文掲記の手形判決は理由がないから、民訴法四五七条二項によりこれを取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田貞夫)

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